監督・宮本恒靖が追う「勝利と育成」の二兎。クルピとのビジョン共有で見るガンバ大阪の未来

昨年9月からJ1で未勝利が続いているガンバ大阪のトップチームとは対照的に、U-23チームが好調だ。4試合を終えたJ3で2勝1分け1敗の5位と、開幕からすべて無得点で5連敗を喫し、最終的には16位に終わった昨季とは見違えるような戦いぶりを見せている。指揮を執って2年目になるガンバのレジェンドにして元日本代表のキャプテン、宮本恒靖監督(41)はようやく整えられた理想的な環境とサイクルのなかで、指導者として濃密な経験を積み重ねている。

●宮本監督から漂う充実感。2年目のJ3は好発進

ほとんど微動だにしない。スーツではなくジャージ姿で、90分間のほとんどでベンチ前の一角に立ちながら、ガンバ大阪U-23を率いる宮本恒靖監督が見せたアクションは2つだけだった。

腕組みをしているか、ズボンのポケットに両手を突っ込んでいるか。声を発する仕草は、まったくといっていいほど見られない。実は昨季とは大きく違うと、苦笑いしながら明かしてくれた。

「昨年がちょっと叫びすぎたので。今年は選手たち(の判断)に任せたほうがいいかな、と。もちろんポイント、ポイントで指示はしていますけど」

指導者の道を歩み始めて4年目。そして、ガンバU-23の指揮官として、J3の舞台で采配をふるって2年目。長丁場のシーズンのうち4試合を終えただけだが、端正なマスクには充実感が漂っている。

1年前は悪戦苦闘の連続だった。開幕からガイナーレ鳥取、SC相模原、鹿児島ユナイテッドFC、FC琉球、AC長野パルセイロと5連敗。しかも、すべて無得点とどん底のスタートを切った。8月末のブラウブリッツ秋田戦からは泥沼の8連敗を喫した。最終的には7勝5分け20敗。17チーム中16位に終わり、31得点は鳥取と並ぶリーグ最少、65失点は同最多を数えていた。

今季はどうか。グルージャ盛岡をホームのパナソニックスタジアム吹田に迎えた、3月11日の開幕戦では前半早々に負った2点のビハインドを、後半にひっくり返す痛快な逆転勝利を収めた。

鹿児島との第2節こそ1‐4の大敗を喫したが、第3節では昨季覇者の秋田を2‐1で撃破した。昨季の2勝目が6月18日の第13節だったから、戦いぶりは大きく変わっている。

連勝を狙って敵地・ニッパツ三ツ沢球技場に乗り込んだ、3月25日のY.S.C.C.横浜戦はスコアレスドローに終わった。それでも試合後の取材エリアで、指揮官はポジティブな材料を探していた。

「無得点で終わったのは(今季)初めてですけど、無失点に抑えたのも初めてなんですよ」

順位うんぬんを語るのはまだまだ早いが、それでも勝ち点10で首位に並ぶ琉球と鳥取に3ポイント差の5位は、昨季と比較すれば大健闘していると言っていい。何が違っているのか。

「今年は単純にプロの選手だけでやれている、というところがありますね。昨年は人数が少なかったので、2種登録の選手を入れざるを得ないという状況で、シーズンを過ごしたんですけど」

YS横浜戦後の公式会見で、昨季との根本的な違いをこう指摘した。長谷川健太前監督(現FC東京監督)の方針もあって、昨年はトップチームとU-23チームが完全に切り離されていた。練習時間も別々ならば、芝生の保護を理由に万博記念公園内の練習場も使用できず、堺などを転々とした。少人数での活動を強いられるが故に、週末のJ3へ選手をそろえるのにも四苦八苦した。

●トップとU-23の融合で若手の成長促す

それでも指揮官は愚痴をこぼすことなく、与えられた環境のなかでベストを尽くした。最後の6戦を無敗(2勝4分け)で終えた軌跡が、少しずつながら上向きを刻んできた成長曲線を物語っている。

選手が成長した証で言えば、18試合にフル出場していたMF中原彰吾(現V・ファーレン長崎)は9月からトップチームに帯同。プロになって5年目にして、初めてJ1の舞台でプレーしている。高卒ルーキーの2人、高江麗央(東福岡卒)と高宇洋(市立船橋卒)も辛抱して起用し続けた。前者は30試合、後者は28試合でピッチに立ち、さらに高は中盤戦以降でゲームキャプテンを託された。

迎えたオフ。かつてセレッソ大阪を率いたレヴィー・クルピ新監督のもとで、U-23チームはトップチームと再融合することが決定。宮本監督もトップチームのコーチを兼任することになった。

長くガンバを支えてきたMF遠藤保仁らと同じピッチで練習しながら、週末のリーグ戦を前にJ1組とJ3組に分かれる。2つのチームで公式戦に出場する選手が、今季は飛躍的に増えた。

たとえば日本代表のベルギー遠征でJ1が中断する3月下旬をにらんで、クルピ監督と宮本監督はシーズンの開幕直後から話し合いの場をもってきた。その結果として、ゲーム勘を維持させる目的を込めて、24歳以上の選手たちをJ3でプレーさせることを決めている。

たとえば秋田戦では米倉恒貴、西野貴治、菅沼駿哉がオーバーエイジとして最終ラインで先発。横浜戦では西野に加えて、矢島慎也と井出遥也の両MFが同じくオーバーエイジで出場している。

名古屋グランパスとのJ1開幕戦で先発に大抜擢された高卒ルーキー、ボランチの福田湧矢(東福岡卒)はJ3でも全4試合に出場。秋田戦ではプロ初ゴールとなる先制弾を決めている。

昨季からコツコツと積み重ねられてきた努力と、今季から整えられた理想的な環境との相乗効果を、宮本監督は横浜戦後に表情を綻ばせながらこう語っている。

「昨季を戦った選手たちがたくましくなって、今年のパフォーマンスにつながっているところもありますし、オーバーエイジの選手たちによってプレーの質があがるところもある。プラス、トップチームの選手たちとキャンプから一緒に練習していることで、(若い選手たちが)学んでいる、成長しているという部分もある。そうした3つの部分が大きいかなと思っています」

●キャプテンと監督、2つのリーダーの違い

宮本はガンバ大阪ユースからトップチームへ昇格した第1号として、1995年6月24日の柏レイソル戦でデビューを果たした。U-20代表およびシドニー五輪に出場したU-23代表でも最終ラインを担い、A代表としても71試合に出場。2002年の日韓共催、2006年のドイツと2度のワールドカップを戦った。

洞察力を駆使したクレバーかつ冷静沈着なプレースタイルだけではない。ジーコジャパンの戦いで何度も見せた、卓越したキャプテンシーはいまもファンやサポーターの記憶に刻まれている。

2007年からはオーストラリアのレッドブル・ザルツブルクへ活躍の場を移し、2009シーズンからはヴィッセル神戸へ移籍。ガンバ、ヴィッセル、そして日本代表で務めたキャプテンと監督の仕事は、当然のことながら「まったく違いますね」と屈託なく笑う。

「キャプテンは監督を見ながらチームのなかでのリーダーという形になりますけど、監督とはほぼ全部を決断しなければいけない存在であるし、キャプテンと上手くコミュニケーションを取らなければいけないし、もちろんキャプテン以外の選手たちともコミュニケーションを取らなければいけないので。

監督の仕事というのは本当に多岐に渡ると思っていますし、チーム内の隅々のところまで観察しなければいけないし、スタッフともコミュニケーションを取ってチームをいい方向にもっていかなければいけない。いろいろな能力が求められると、あらためて思っています」

監督としての立ち居振る舞いをキャプテンに見せる作業は、指導者になったいま、立場を変えて継続されている。昨季から引き続き、今季も全4試合でゲームキャプテンを務めている高卒2年目の高は「直接的には何も言われていないんですよ」とこう続ける。

「それでも、試合前に自分のロッカーの前にキャプテンマークが置かれているんです。自分は中盤の選手ですし、チームを引き締めるという意味で、声をかけ続けるところも期待している、と昨季から監督には言われてきたので」

宮本監督に対して抱いてきた冷静沈着でスマートなイメージが、ガンバへの加入とともに、いい意味で覆されたと高は笑う。

「思っていたよりもすごく熱いというか、勝利に対して本当に貪欲で、スカウティングや試合前のビデオ分析、相手選手の特徴などでも非常に細かく言ってくれますし、(通常の)練習だけでなく、自主練習でも個々の課題についてしっかりと言ってくれるので」

●「自分の経験という強みを生かせるものは何か」

2011シーズンの終了後に現役を引退した宮本は、コーチングライセンスの取得を目指すとともに、2012年夏には国際サッカー連盟(FIFA)が運営する大学院「FIFAマスター」に第13期生として入学。スポーツに関する組織論、歴史や哲学、法律などを学んだ。

入学当時はまだ35歳。指導者以外にも自らの可能性を広げたい、という熱き思いが伝わってくる。2013年7月にはFIFAマスターを晴れて修了。元プロサッカー選手の卒業生は歴代でも2人目で、元Jリーガーとしてはもちろん初めてとなる快挙だった。

2014年にブラジルで開催されたワールドカップには、選手とは異なる立場で関わった。FIFAが指名した10人のテクニカルスタディーグループの1人として、ブラジル大会における技術や戦術、傾向などを分析し、試合ごとや大会全般のリポートを作成した。

同時にJリーグの特任理事にも就任。議決権こそ持たないものの、リーグ運営の円滑化を目指して意見を提言した。そのままJリーグあるいは日本サッカー協会(JFA)における仕事に携わっていくのでは、と思われていた矢先の緒2015年から、愛着深い古巣・ガンバへの復帰を決断する。

「自分の経験という強みを、あのタイミングで生かせるものは何かと考えていました。選手を辞めて間もないなかで伝えられることもたくさんあると思っていましたし、以前から指導者にもチャレンジしたかったので。もちろんFIFAマスターで学んだもの、見たものも大事にしながらそれだけにとらわれずに、いろいろな可能性を探りたいというのはありました」

U-13のコーチを皮切りにユース監督、U-23チーム監督、そしてトップチームのコーチとの兼任と年を重ねるごとに、仕事の量も質も変わってきている。同時にやりがいも増していると、41歳になった宮本監督は再び笑った。

「昨年よりは見なければいけない(選手の)数も多いし、自分の判断基準というものも、トップの選手たちを見ているなかで、求めなければいけないところも違ってくる。もちろんクルピ監督の哲学なども学びながら、プラス、チームをよくしていくために自分に何が言えるのかを考えるとか。いろいろありますけど、楽しくやっています」

●勝利と育成。宮本監督が追い求める理想

YS横浜戦では高と高江が4試合連続でダブルボランチを組み、サイドバックでは左に山口竜弥(東海大相模卒)、右には松田陸(前橋育英卒)の高卒ルーキーを抜擢。最終ラインの野田裕喜、1トップの一美和成(ともに大津卒)と3年目の選手たちも、トップチームを目指して必死にプレーしていた。

2列目の右を担った下部組織出身の食野亮太郎、途中出場した福田、FW高木彰人、白井陽斗と、オーバーエイジ以外はすべて東京五輪世代だった。育てながら勝つ、というU-23チーム本来の仕事に集中できる日々に、指導者としての醍醐味を感じずにはいられない。

「やっぱり選手が成長している瞬間とか、チームが成長している瞬間や勝った瞬間には楽しさを感じられますよね。高や高江は昨年からずっといい時間を過ごしていますし、高のような選手には(キャプテンとしての)責任感をもってプレーしてほしいと思っています。もちろん成長が見られないときや、結果が出ないときには、チームを束ねることを含めて難しさというものも感じていますけど」

もともと堪能だった英語は、FIFAマスターで学んだ1年間でさらに研ぎ澄まされた。現役時代の輝かしいキャリアに加えて、同世代の指導者たちにはない稀有な能力をもち、組織全体をも統括できるGM的なノウハウをも得たエリートは、これからの人生をどのように描いているのか。

「この先、今年や来年に何をしているかによって、それは決まってくると思っています」

若手を積極的に起用するクルピ監督とビジョンを共有し、ガンバの将来を担うホープを一人でも多くトップチームに輩出する、まずは指導者としての第一歩を極めていくために。無限の可能性を秘めている青年指揮官は知識と経験をフル稼働させながら、勝利と育成の二兎を貪欲に追い求めていく。

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