再び海を渡るG大阪の「最強エース」 宇佐美貴史が見せた苦難への覚悟

 6月25日に行なわれたJ1ファーストステージの最終節は、宇佐美貴史が自らのサッカー人 生に新たな1ページを刻み込んだ一戦だった。「節目の試合ではいつもゴールを決めてきた」(宇佐美)はずの勝負強さを見せ切れず、チームも土壇場で同点 ゴールを献上。3−3のドローと、名古屋グランパス戦は消化不良に終わった。アウグスブルクへの移籍が決まり、ガンバ大阪の一員として挑んだラストマッチ を勝利で飾れなかった背番号39だが、試合後に行なわれたお別れセレモニーでは、この3年間に見せてきた精神面の成長を確かに感じさせた。

「J2 のガンバに帰ってきて恐怖心ばかりだった自分の心が柔らかくなって、皆さんに喜んでもらえるよう、ガンバがJ2からはい上がっていけるようにということだ けを、日々考えてやらせてもらいました。そんな中で、皆さんとともに取れたタイトルは人生において最大の喜びであり、最大の誇りです」

バイエルン・ミュンヘンへの期限付き移籍が決まった2011年6月の会見で「バロンドールを目指したい」と大言壮語した当時19歳の少年は、ブンデスリー ガで人生最初の挫折を味わった。世界的なタレントが集うバイエルンのみならず、ホッフェンハイムでも思うように出番を得ることなく、失意の宇佐美が選んだ のは愛する古巣での出直しだった。

J2で通用せえへんようなら、もうサッカーは辞める……。悲壮感にも似た覚悟を持って2年ぶりにG大阪へと戻って来た宇佐美を迎えたのは、かつて宇佐美自身がそうだったサポーターたちだ。

「またここから這い上がれ貴史!」

復帰初日の練習で、サポーターが掲げた横断幕のメッセージを目にした背番号39は「あれだけ盛大に送り出してもらって2年で帰ってくるのは申し訳ない気もしますけれど、またプレーで喜んでもらいたい」と語った。

復帰初戦となった13年7月20日のヴィッセル神戸戦(3−2)では自身にとってプロ生活で初の1試合2得点をたたき出し、チームを勝利に導いた和製エー スは試合後のヒーローインタビューで「ガンバで一時代を築きたい」と力強く宣言。その言葉通り、自らの両足で「宇佐美の時代」を切り開いていく。

生え抜きが担った「最強エース」の座

 ヴィッセル神戸戦を皮切りに、宇佐美が得点した試合は負けないという不敗神話がスタートするが、今年2月の富士ゼロックススーパーカップでサンフレッチェ広島に1−3で敗れるまで、背番号39がゴールを揺さぶった試合では40試合、チームは負けの味を知らなかった。

そんな「神話」以上に価値を持つのがエースとして手にしてきたタイトルの数だ。西野朗元監督が確立したG大阪の攻撃サッカーで、長らくエースの肩書きを背 負い続けて来たのは、強烈な個の力を持つブラジル人アタッカーたち。05年のクラブ初戴冠を支えたアラウージョや07年のヤマザキナビスコカップ(現 YBCルヴァンカップ)制覇に貢献したマグノ・アウベス、そしてクラブ史上最大の栄冠であるAFCアジアチャンピオンズリーグで輝いたルーカスら、セレソ ン(ブラジル代表)クラスのタレントがエースとして、クラブ史に名を刻みこんできたが、宇佐美は彼らを上回る「最強エース」に成長した。

13年のJ2リーグ制覇に始まり、14年は3冠獲得に貢献。15年も国内の主要3大会で決勝進出への原動力となり、天皇杯で連覇に導いた。

そのキック精度と同様に、自らが話す内容にも敏感な宇佐美は、過度に自身の実績を称賛しようとしない男だが、名古屋戦を翌日に控えた囲み取材で、自らの位置づけにはキッパリと胸を張る。

「チー ムの心臓という意味では長らくヤット(遠藤保仁)さんが担って来ましたけれど、エースと言うところはブラジル人選手が今まで背負ってきましたからね。代わ る代わる、いろいろなブラジル人選手が一番の点取り屋。点を取らないとアカンのはお前やぞ、というところをブラジル人が背負ってきましたけど、そこをガン バの生え抜きである自分が背負えたのはすごく大きな意味があると思っています」

ここ3年間でプレースタイルが変化

129試合75得点という驚異的なゴール数に加えて、フリーキックで2得点をお膳立てした名古屋戦を見ても分かるようにそのキック精度でアシストも量産し続けて来た和製エース。

名古屋戦では4試合連続のゴールこそ逃したが6月11日の湘南ベルマーレ戦(3−3)以降、3試合連続でゴールを揺さぶって来たそのプレーぶりには「這い上がって来た」3年間での成長が確かに表れていた。

市立吹田サッカースタジアムでの自身初ゴールとなった湘南戦では、試合終盤の82分にしたたかにゴールチャンスをゲット。ハードワークとスタミナ面がルー キー時代からの課題で、長谷川健太監督も大一番の終盤には「あの状態の貴史をピッチに置いていても無駄」とガス欠しがちな宇佐美に見切りをつけることは珍 しくなかったが、今季はそんな試合も皆無に近かった。

そのプレースタイルの最大の変化を物語るのが6月15日の浦和レッズ戦 (1−0)だろう。前半8分の先制点はハーフライン付近からアデミウソンが長い距離をドリブルで持ち込み、中央に走り込んだ宇佐美にラストパスを送って生 まれたもの。「9割9分、アデミウソンの得点」と和製エースは振り返ったが、カウンターが発動した瞬間、自陣にいた背番号39のロングランがあったからこ その得点だった。

「今までの僕なら、行っていなかった」

オンザボールでは海外組を含めても日本屈指の水準 にある宇佐美だが、長谷川監督がたたき込んで来たのはオフザボールの動きと、チームへの献身性。昨年から「後はオフザボールの動きで楽な点を取れるように なれば、もっとプレーの幅が広がる」と意識の変化を見せていた背番号39は、浦和戦の決勝点について「健太さんにはずっと言われていたので。ああいう時に どれだけ後ろの選手が追い越して入っていけるのかとか、そういう点の取り方ができるようになればもっと幅が増えるっていうのは言われていました」と話す。

二人三脚という湿っぽい関係ではないが、明確な欠点も持つ天才アタッカーに遠慮なくダメ出しし続けた指揮官も、アウグスブルク移籍が決まると「最近の試合 では90分間連戦で戦えるようになってきたし、そういうメンタルの部分とフィジカルの強さというところが一番成長したところじゃないかと思う」と及第点を 与える。

残された課題と覚悟

ただ、2度目のドイツ挑戦に挑む宇佐美が必ずしも成功を約束されているとは言い難いのも事実である。体脂肪率を過度に指摘する日本代表のヴァイッ ド・ハリルホジッチ監督を意識し過ぎて肉体改造に取り組んだことで、持ち味のパンチの効いたシュートがやや迫力減となった。シューターとして心身ともに 「脂」が乗り切っていた昨年序盤のすごみは、今の宇佐美にないのも事実だ。そして、名古屋戦でチームが喫した2失点目では、宇佐美がケアすべき右サイド バックの矢野貴章への対応を怠り、フリーでクロスを上げさせた。

クロスやシュートの精度がJリーグとは桁違いの欧州の地で、ワンプレーをおこたればチームの致命傷となるだけに、さらなる意識改革が不可欠になるだろう。サイドハーフでの定位置獲得を目指す日本代表でも同様だ。

一方で、「バロンドールを目指す」と夢ばかりを口にした5年前とは違う、精神的な強さを今の背番号39は手にしている。

「壁にぶち当たってこけて、またぶち当たってという人生を選びました」

移籍会見で口にしたのは、「七転び八起き」を見据えた苦難のサッカー人生への覚悟である。

「2度目は粘り強く、地面にはいつくばってでも努力を重ね、皆さんに助けてもらう必要がないぐらいの男に成長して、またいつかこのクラブでやれることを夢見ています」

お別れセレモニーできっぱりと別れを告げた宇佐美に、もはや失意の出戻りはないはずだ。

3年間、和製エースとして君臨し続けた「宇佐美の時代」に自らピリオドを打ち、G大阪の最強エースが再び、海を渡る。

 

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