G大阪・井手口陽介、堂安律との絆。宇佐美に続くガンバ生え抜き組がつなぐバトン

 育成組織出身のホープ、18歳のFW堂安律が笑顔で旅立った25日の川崎フロンターレとのJ1第16節は、ガンバ大阪が誇るもう一人の若武者、20歳の日本代表MF井手口陽介が眩い輝きを放った夜でもあった。今節のJ1で最多となる41回を数えたスプリント回数を含めた、異次元の運動量でピッチを駆け回ったかと思えば、後半23分にはFW長沢駿の同点弾もアシスト。可愛がってきた後輩・堂安が旅立つ姿に触発され、進むべき道と未来の夢があらためて鮮明になった試合後の胸中を直撃した。

●いつのまにか左タッチライン際に。驚異的な運動量で同点弾を演出

 いつのまにか左タッチライン際にいた。降り続く雨で濡れた市立吹田サッカースタジアムのピッチを、縦から横へ。ガンバ大阪の日本代表MF井手口陽介の驚異的な運動量が、後半23分の同点弾を導いた。

 左コーナーキックから放たれた、川崎フロンターレのMFエドゥアルド・ネットのヘディングシュート。横っ飛びでキャッチしたGK東口順昭の素早いスローから、ガンバが乾坤一擲のカウンターを仕掛ける。

 MF倉田秋を介して、自陣の右タッチライン際でパスを受けた井手口がグイグイとボールをもち運ぶ。敵陣に入ったところでFWアデミウソンとのワンツーから、中央へ直角方向に切れ込んでくる。

 左足から放たれたシュートは、危機を察知してポジションを移してきたDF車屋紳太郎の必死のブロックに止められる。跳ね返ったボールが、反対側の左タッチラインを割った直後だった。

 ボールを拾ったDF藤春廣輝に近寄り、右手で「急げ」と手招きするゼスチャーでスローインを要求したのは井手口だった。次の瞬間、振り向いた「8番」はカーブの軌道を描いた、高速の低空クロスを放つ。

 帰陣していたフロンターレのセンターバック、谷口彰悟は頭上を越えるボールを見送るしかなかった。もう一人のエドゥアルドは、背後にいた192センチの長身ストライカー、長沢駿の存在に気づいていない。

「川崎さんのクロスへの対応を事前に映像で見ていても、かなりチャンスになると思っていたので、味方には『クロスを入れてほしい』と言っていた。あの場面でもディフェンスがまったく見ていなかったので」

 こう振り返る長沢と同じ絵を瞬時に描いていたからこそ、井手口はフリーになれる反対側のタッチライン際まで素早く移動していた。エドゥアルドの前にポジションを移した長沢が、すかさず宙を舞う。

 4日前の天皇杯で裂傷し、テーピングでガードされていた額の右側に弾かれたシュートが、フロンターレの守護神チョン・ソンリョンの牙城を破る。アシストを決めた20歳は、さらに先をも見つめていた。

「(長沢)駿君を超えても、もう一人裏にいたので。どちらかに合えばいいと思っていました」

●A代表デビューも果たし、W杯最終予選で先発出場

 相手守備陣の意表を突く高速クロス。たとえ長沢がタイミングを合わせられなかったとしても、ファーサイドに走り込んできていたMF藤本淳吾の姿を井手口はしっかりととらえていた。

「負けていたので、あそこまで上がってああいう仕事ができたことはよかったですけど。でも、勝ち切れた試合やったんじゃないかと思うので」

 この時点でのポジションはボランチ。後半19分のシステム変更まで務めたインサイドハーフを含めて、攻守両面で驚異的な運動量を披露した井手口は、まさに神出鬼没の動きを繰り返した。

 フロンターレの攻撃の芽をことごとく摘み取る、まるで猟犬をほうふつとさせる獰猛な守備。ボールを奪うや、カウンターの一翼を担って重馬場のピッチで何度もスプリントを駆ける。

 総走行距離12.161キロは、両チームを通じて文句なしのナンバーワン。実に41回を数えたスプリント回数は、J1全体でも群を抜く1位だった。それでも試合後には、平然とした表情を浮かべている。

 昨シーズンまでのチームメイトで、敵味方として初めて同じピッチで対峙したフロンターレのMF阿部浩之も、底知れぬ才能を秘める後輩に対して苦笑いするしかなかった。

「本当にどこにでも顔を出してくるし、オフェンスの能力もどんどん上がっている。すごくいい選手だと思っているし、これで点を決められるようになれば、もっとすごい選手になる」

 6月は濃厚な経験を積んだ。7日のシリア代表との国際親善試合で、念願のA代表デビュー。舞台を中立地テヘランに移した、13日のイラク代表とのワールドカップ・アジア最終予選では先発に指名された。

 前者はアンカーで、後者は遠藤航(浦和レッズ)とのダブルボランチでともに及第点のパフォーマンスを演じる。しかし、好事魔多し。イラク戦の後半途中に頭を強打し、退場を余儀なくされてしまう。

 スタジアムから向かったテヘラン市内の病院で脳震とうと診断され、チーム本体から一日遅れの15日に帰国。日本サッカー協会の規定により、17日のヴィッセル神戸戦を欠場せざるをえなかった。

●堂安を勝利で送り出せなかったという心残り

 もっとも、井手口本人はコンディション的には問題なかったのだろう。試合に対する飢餓感を爆発させるかのような、鳥肌が立つ思いを抱かせるほどの運動量と闘争心をフロンターレ戦で全開にし続けた。

「(後半途中から)4‐4‐2になってからは上手く連携が取れるようになってきたし、守備も最初よりかはいけていたと思うので。上手くはまって、少しはやりやすくなっていたんじゃないかなと思いますけど」

 井手口も自身のパフォーマンスには、及第点に近い評価を与えていた。ただ、画竜点睛を欠いたことが悔しかった。2点目を奪えず、1‐1のドローに終わった結果にちょっぴり表情を曇らせた。

「今日は(堂安)律の最後の試合だったので。しっかりと勝って送り出してあげたかったので、そこがちょっと心残りです」

 2つ年下で、ガンバのジュニアユース、そしてユースの後輩でもある18歳のFW堂安律がフロンターレ戦を最後に、7月からの期限付き移籍が決まっているオランダ1部リーグのフローニンゲンへ旅立つ。

「ジュニアユースでもユースでもかぶっていないので。律が中学1年生のときは僕がユースやったし、高校1年生のときはもうトップに上がっていたので。でも、律は誰に対しても人懐こい性格やと思うので、ホンマに毎日しゃべっていましたね。ガンバのジュニアユース、ユースで育ったので、プレー面では何も言わなくてもわかる部分はあるし、プライベートでも気が合うんじゃないかなと」

 今度は照れ臭そうに2人の仲を明かす井手口は、移動のバスでは常に堂安の隣に座っていた。昨シーズンからトップチームに昇格しながら、J3が主戦場だった堂安の悩みもよく聞き、ときには励ました。

●宇佐美がバトンを託す後輩として名を挙げた2人

 堂安が感謝していたと聞かされると、「何かお返しが来ればいいんじゃないかな」と無邪気に笑いながら、餞別の言葉を投げかけることも忘れなかった。

「僕が言うのもあれですけど、向こうでしっかり頑張って結果を残して、いいように言えば、もうガンバに帰ってこないようになれば一番いいんじゃないかと思います。僕もしっかり結果を残し続けて、いつかはA代表で一緒にプレーできればベストだと思います」

 これが永遠の別れではない。お互いに進んでいく道で自身と周囲を納得させらせるパフォーマンスを演じ続ければ、おのずと再会できる。もちろん、それがA代表の舞台だけとは限らない。

 フロンターレ戦に続いて行われた堂安の退団セレモニー。涙ひとつない笑顔のスピーチと万雷の拍手を浴びながらの場内一周を見届け、自身を含めたチームメイトたちによる胴上げで3度宙を舞わせた。

 振り返ってみればちょうど1年前も、FW宇佐美貴史を市立吹田サッカースタジアムのピッチからアウグスブルクへ送り出した。宇佐美は後に、バトンを託す後輩として井手口と堂安の名前を挙げている。

 それはガンバを支えるという意味だけではない。ガンバの生え抜きという看板を背負って、ヨーロッパの舞台でいつかは勝負する。ヨーロッパのピッチで再会できれば、否が応でも闘志が高まってくる。

「サッカー選手である以上は、やっぱり海外というのは一番の目標でもあるので。先に後輩に行かれたというのはあれですけど、しっかり僕も追いつけるように頑張りたい」

 自他ともに認めるシャイな性格で、人見知りも激しい井手口がいつになく饒舌だった夜。その理由は可愛い後輩・堂安を介して、進むべき道があらためて、そして鮮明に見えたからだろうか。

 そして、勝って堂安を送り出したいという特別なモチベーションも加わった、鬼気迫るパフォーマンスはヨーロッパでプレーする猛者たちをも沈黙させるレベルに十分に達していた。

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