藤ヶ谷陽介に、脆さはもうなかった。ガンバ黄金期を知るGKが遂に引退。

古くは本並健治や岡中勇人に始まり、現在では東口順昭ら数々の日本代表GKがガンバ大阪のゴールマウスに立ち続けて来た。

しかし、ガンバ大阪が二度とJ2に降格しないという前提付きではあるが、手にしたタイトルの種類においてこの男を超える守護神はクラブに現れないだろう。

藤ヶ谷陽介、36歳。プロ19年目のベテランは、今季限りでの現役引退が発表されている。

マンU時代のロナウド、南米王者とも対峙した男。

 「フジ(藤ヶ谷)は多くのタイトルを取った時のGKなので思い出は多いですね」

と感慨深げに言葉を紡いだのは長年の僚友、遠藤保仁だ。藤ヶ谷は移籍1年目の2005年にクラブの悲願だったリーグ初制覇に貢献すると2008年のAFCチャンピオンズリーグ優勝も経験。そしてクラブ史上初のJ2降格の憂き目も見た翌年には、J2での優勝も味わった。

2008年のクラブワールドカップではマンチェスター・ユナイテッドのエースだったクリスティアーノ・ロナウドのシュートをガッチリと受け止め、2015年8月にはコパ・リベルタドーレス王者になったばかりのリーベルプレートとスルガ銀行チャンピオンシップで対戦。欧州と南米の大陸王者と対峙したGKは、Jリーグでは藤ヶ谷と鹿島アントラーズの曽ケ端準以外に存在しない。

国内の全タイトルとアジアを制した藤ヶ谷だったが、ジュビロ磐田から復帰した2015年以降、J1での出場はわずかに2試合。日本代表の常連となった東口の影に隠れ、その立場は常に第2GKであり続けた。

攻撃サッカーで頂点を極めた最初の黄金期でレギュラーだった男は言う。

「試合に出たいという思いはもちろん持っていたが、ヒガシ(東口)という絶対的な存在がいる。ガンバに戻って来ると決めた時点である程度、僕の中ではそれを受け入れて戻って来た」

「東口の代役」という立ち位置を受け止めながら、日々のトレーニングではGK陣の最年長として黙々と汗を流し続けた。

「ヒガシが代表に行くお陰で、チャンスをもらった」

 東口自身も日本代表では長年、川島永嗣を追う立場にあるこそ、藤ヶ谷の凄さが良くわかる。

「GK陣を引っ張ってくれた。フジさんだからそれが出来たし、ホンマに見習いたい」

ベンチを温めることが大半だった3年間で、チームは確かに藤ヶ谷を必要として来たのだ。

今季は2年連続の無冠に終わったとはいえ、ルヴァンカップで史上初となる4年連続の決勝進出を逃すもベスト4入り。日本代表を欠いた決勝トーナメントで、ベテランはその「履歴書」に偽りがないことを見せつけてきた。

「ヒガシが代表に行ってくれるお陰で、僕もチャンスをもらっていた」(藤ヶ谷)

ルヴァン、J3で黙々と見せた抜群の安定感。

 ルヴァンカップでは日本代表が不在にもかかわらず、2015年と2016年は決勝進出に貢献。かつてはミドルシュートへの脆さを見せたり、凡ミスを犯したりすることも決して珍しくなかった藤ヶ谷だが、復帰後の3年間は抜群の安定感で最終ラインを支え続けたのだ。

「セカンドキーパーってそういうものだと思っているし、いつチャンスが来るかも分からない。でも、出番が来た時にしっかりとやるのが自分の仕事ですから」(藤ヶ谷)

物静かな守護神を支えて来たのは、危機感だ。

ガンバ大阪U-23のオーバーエイジ枠でJ3のピッチに初めて立った昨年3月20日のグルージャ盛岡戦。結果的に4-1で大勝したチームにあって、藤ヶ谷は拮抗した時間帯にファインセーブを連発し、黙々とピンチを防ぎ続けた。

「どんなカテゴリーの相手でも絶対にピンチは来ると思っていた」とこともなげに自らの好パフォーマンスを振り返り、キッパリと言い切った。

「J3が調整の場なんて一切思っていない。僕もここでアピールする立場ですから」

現役ラストの最終節でピッチに立つ可能性が。

 そんなプロ意識の塊のような男がキーパーグローブを脱ぐ。理由はシンプル。力の衰えではなく、モチベーションの問題である。

「チームから契約満了と言われたが、自分でもまだやれるという思いもあった一方で、また新しいチームを探して、新しい環境で1からやるという強い気持ちを持てなかったから」

明らかな守備陣のミスでピンチを招いた際にも過度に怒りを見せることなく、常に淡々とゴールマウスに立ち続けて来た仕事人は、やはり去り際まで控えめだ。

プロデビューした古巣でもある北海道コンサドーレ札幌戦(33節)を終えた後の一幕。

「今年で引退します」と報告した36歳に、薄々その退団を感じ取っていたという指揮官は「もっと早く言えよ。札幌戦の前に発表していれば最後、フジを使う事も出来たのに」

ガンバ大阪で国内外のタイトルを勝ち取り、J1からJ3まで全てのカテゴリーを経験した藤ヶ谷は、2日に行われるJ1最終節のFC東京戦で時間限定ではあるがピッチに立つ可能性が濃厚だ。

「ありがたいことだし、もし、最後そういう機会があれば、いい準備をしてやりたい」

いい準備をして、ただ出番を待つ――。「最強の第2GK」はプロ生活最後の試合でも、3年間繰り返して来たルーティンを変えるつもりは毛頭ない。

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