「小さい頃壁に当たることは大事」五輪代表堂安律 「大きな夢」気づき行動

一流の選手も、最初からそうだったわけではない。東京五輪代表の18人に選ばれたMF堂安律(23=ビーレフェルト)も、その1人。高校2年の16歳という若さで、ガンバ大阪でプロデビューを飾り、オランダ、ドイツへと渡り、若くしてA代表にも名を連ねるレフティー。今回の五輪代表では、背番号10を与えられた。将来を嘱望される男も、壁にぶち当たった過去がある。

6月20日、都内で行われた大迫勇也とのチャリティーイベントで、ほろ苦い時代を振り返った。小学4年生の頃。C大阪のセレクションを受けるも、落選した。「当時、所属していたクラブチームの中で自分が一番うまいと思っていた中で、ダメでしたから。自分の人生の中で大きな壁」と明かした。

ただ、その挫折があったからこそ、今の自分があると言う。「それ以降、練習量が本当に増えた」。落ちた、残念ではない。堂安少年には、当時から並外れた高い意識があった。小学生でありながら、自分に足りないものを考え、無我夢中でボールを蹴り続けた。結果的に中学からセレッソ大阪のライバルチームでもある、G大阪の下部組織に入り、高校2年でトップデビューを果たした。「小さい頃にそういう壁に当たることは大事かなと思う」と懐かしんだ。

そんな堂安が「毎試合、楽しみに見てます。いつか一緒のピッチに立ちたいです」と話すアルゼンチン代表FWメッシ(34=バルセロナ)もつらい時期を乗り越えた。10歳の頃、成長ホルモンが分泌されない病気を患い、長期間にわたるホルモン投与の治療が必要だった。そんな時、治療費の負担を申し出たのがバルセロナだった。病気と闘いながら、スペインの地で、才能をどんどん開花させ、スーパースターの地位まで上り詰めた。

あの時、堂安少年が諦めていたら-。メッシに、救いの手が差し出されなかったら-。ただ、堂安少年は、壁を乗り越えようと、必死にもがいた。メッシだって、魅力的な才能があったからこそ、バルセロナが治療費の負担を申し出た。ともに、努力を怠らなかったからこそ、今の地位がある。イベントで、堂安は「大きな夢を持つことが大事」と話した。時間は皆、平等。その中で、夢のために何をするか。そこに気づき、行動できるから、一流と呼ばれるのだろう。

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