元Jリーガー社長がアスリートに提案する新たな価値観――南葛SCが挑む「サッカーと仕事」の両立

アスリートの新たな働き方を提案する「デュアルキャリア採用」

「葛飾区からJリーグに」を合言葉に日々奮闘する南葛SC。選手たちにフルパフォーマンスを発揮してもらうために、クラブは就業支援にも力を入れる。

一方、選手たちを雇う立場である企業側は、いかなるサポートをしているのか。アスリートの働き方という点で、こちらも新たな挑戦に踏み切った企業が、じつは南葛SCとパートナーシップを締結している。

2020年9月より「デュアルキャリア採用」を始めたバリュエンスホールディングス株式会社。自身もJリーガーとしてキャリアの分岐点で葛藤した過去を持つ嵜本晋輔社長に、社会人プレーヤーの理想を実現する方法を伺った。

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2021年シーズン、関東サッカーリーグ2部の開幕戦から南葛SCが着用している新ユニホームの背番号上に、新たなパートナー企業のロゴが入った。ブランド品や骨董・美術品のリユース事業を展開するバリュエンスホールディングス株式会社である。嵜本晋輔社長はかつて3年間ガンバ大阪でプレーした元Jリーガー社長として有名だ。そんな特別な経歴を持つ嵜本社長に、南葛SCとパートナー契約を結んだ理由を聞いた。

「関東リーグ2部所属でありながら、『キャプテン翼』の作者である高橋陽一先生がオーナーであるということ、そして以前からの知り合いである岩本義弘GMのサッカーへの情熱と経営手腕の優秀さ。このお二人がタッグを組むことで今後の成長のことを考えると、とてつもないポテンシャルを秘めているのではないかと。現在もクラブ価値は上がっていると思いますが、今後もより高めていただけそうだという期待もあり契約させていただきました」

じつは南葛SCとバリュエンスホールディングス株式会社は、今年の3月にパートナー契約を結ぶ前から縁がある。同社は昨年9月から、アスリートの競技生活をサポートしながら社会人経験を積むことで引退後のキャリア形成に備える「デュアルキャリア採用」をスタート。その第1号が南葛SCの選手、布施周士なのだ。

「デュアルキャリア採用のきっかけは昨年の新型コロナウイルス感染拡大でした。どのプロスポーツも入場観客数が制限され、スポンサー企業も苦しむ中、クラブチームは難しい経営を迫られました。クラブ運営側からすると、再編にあたりまず手を付けるのが人件費。となると、サッカーをはじめスポーツに夢中になっているアスリートたちの多くが自分の夢を手放さなければならなくなるかもしれない。そこで何かできないかと。私たちは日本国内でリアル店舗の拡大を推進したい思いがあり、そこでアスリートも支援できて、かつ優秀な人材を確保できるのであれば面白い取り組みになる、と考えたのです」

「競技に100%コミットできる環境を整える一方で、自分で選択した働く時間にも100%コミットしてもらう」

もともと、アスリートには無限の潜在能力があることを確信していた。 「元アスリートで、サッカーだけして他に何もしてこなかった自分が、きっかけひとつで成長できたように、本人たちは気付いていないだけで間違いなく成長できるポテンシャルがあるんです。理由として、アスリートは自分の好きなものを見つけられる能力、そしてひとつのことに没頭できる能力が飛び抜けています。世間一般を見渡せば、自分が本当は何をしたいのか、何をしたら楽しめるのか見つけられていない人の方が多いですから。さらにアスリートは目標設定能力、現実を見る力があって、目標と現実のギャップを埋める力にも長けている。スポーツで高みを目指していけば自然と身に着くこのプロセスは、ビジネスにそのまま転用できるんです」

アスリート本人も無自覚なうちに、じつは社会人として成功するスキルを身につけているというのだ。前回の記事で岩本GMが言っていたこととも重なる。あとは気付くきっかけさえあれば、大きな花を咲かせられる。

「そのことを証明するのがデュアルキャリア採用です。仕組みとしてアスリートの方には働く時間や日数を最初に選んでもらいます。午前中の練習であれば午前中は休み。土日が試合であれば土日は休み。競技に100%コミットできる環境を整える一方で、自分で選択した働く時間にも100%コミットしてもらいます」

これまでアスリート社員というと、競技が本業で仕事は副業というイメージを持たれがちだった。しかし嵜本社長の中では「副業」ではなく「複業」。仕事も決しておまけ扱いではない。競技も仕事もフラットの位置づけだ。だから「併存」という意味を持つ「デュアル」という言葉を使っている。

「デュアルキャリアを実現することでアスリートは視野が広がり、選択肢が増えます。そして成功すれば次は全社員にも展開させたいと思います。我々のリユース業界内の狭い視野にとどまらず、異業種のビジネスに関わることで点と点が線になったり、掛け合わさることで魅力的な人材に育っていく。そういった狙いもあり、戦略的に進めさせてもらっています」

「僕よりポテンシャルを秘めているアスリートはたくさんいます」

アスリートのセカンドキャリア問題が扱われるようになって久しい。幼少時から競技に夢をかけて没頭してきた結果、現役引退後に社会人として0から再出発する難しさや苦しさがよく報道される。

「セカンドキャリアに関するネガティブなイメージは、誰かがどこかで作ってしまったと思うのですが、僕はメディアで報道されているようには考えていません」

この先、生き方がさらに多様化していくのは間違いない。よって、働き方も多様化していかざるを得ない。アスリートのセカンドキャリア問題は、企業がこの先の働き方を考える示唆に富んでいると捉えている。

「年功序列、終身雇用といったオールドスタイルの働き方が定着している会社では、そのルールに従わない限り昇進できない。そういった企業カルチャーへの尊重がいまだ残る一方で、20代、30代の若者が求める働き方は変わってきていて、新しい形が求められています。優秀な人材ほど時代に合った働き方を求めていきますから。オールドマネージメントの企業家からすると、わがままに見えることでもダイバーシティ(多様性)として受け入れる器を持たないといけない。会社が受け入れられない、許せないという感情でやっていける時代ではなくなっていることに気付くべきです」

また、アスリート本人からすると、現役中から引退後のことを考え出すのはどこか「逃げ」「妥協」と感じてしまう。そんな彼らの気持ちを、当事者として経験した嵜本社長には痛いほど分かる。そして、だからこそ言いたいこともある。

「自分がサッカーを離れる“前向きな撤退”を決断できた理由は、自分でも分からないんです。でも現実レベルと要求レベルの乖離の大きさを埋められるかと考えた時に、埋められるという自分の中の意見はエゴ、感情であって事実ではない、と気付けたことが大きかった。多くのアスリートは幼少時から10~20年もの間ひとつの競技へ脇目も振らず集中してきています。それだけ時間を“投資”したわけです。それで返ってくるものや、意図や狙いがあって続けているのならばいいのですが、多くの場合はもったいないから、もしくは他に選択肢がないから続けているのが実情だと思います」

現役中から引退後やほかの仕事のことを考えることを、一身を捧げてきた競技に対する「逃げ」「妥協」と捉えてしまうことに共感するアスリートは多いだろう。だが、見方を変えれば、新たな自分を発見するために勇気を持って未知の領域に踏み出す一歩、とも捉えらえる。このポジティブな側面に気付いてほしい。だから現役のうちから自分の潜在能力に気付くためのきっかけづくりとして、「デュアルキャリア」を推進しているのだ。

「正直、アスリートの可能性は10年くらい前から感じていました。だって、僕でも成長できたわけですから(笑)。僕よりポテンシャルを秘めているアスリートはたくさんいます。改めて言いますが、自分の可能性に気付いてない、もしくは広げようとしていないだけです。あとは、自分で決断したことを正解に導くように自ら行動することでしょう。もっともこれは、アスリートに限った話ではありませんが」

競技をとことん突き詰め、掘り下げていくことも成長なら、視野を広げてあらゆる要素を競技に取り込んでいくこともまた成長といえる。

バリュエンスホールディングス株式会社が始めたデュアルキャリア採用には、これまで85名が応募してきて面談を行なった。うち面接に進んだのが45名。そこから採用に至ったのが13名。新たな働き方、そして既存の価値観を変える取り組みはこれからも続く。

南葛SCではクラブもパートナー企業も、「サッカーと仕事」に関する先進的にして画期的な取り組みが行なわれている。

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