ルヴァン杯決勝でPK失敗の呉屋大翔、直後の試合で先発起用。指揮官の「メッセージ」

ガンバ大阪の呉屋大翔が苦しんでいる。大学No.1ストライカーとして鳴らした昨年から一転、プロの壁は厚かった。ルヴァンカップ決勝でのPK失敗から1週間、若者の勇気に期待する指揮官に重要な試合で先発に抜擢された、ゴールに飢える22歳の覚悟に迫る。

ルーキーながら決勝でPKキッカーを志願

「止めたー! 西川止めました!」

TV中継の実況アナウンサーが絶叫した直後、ピッチの上で天を仰ぐ青年がいた。呉屋大翔。今季からガンバ大阪でプレーするストライカーだった。

今月15日に行われたJリーグ YBCルヴァンカップ決勝のPK戦、少しのミスも許されない場面でルーキーは自らキッカーに志願した。だがこの試合でただ1人、失敗した。チームは2年連続準優勝に終わり、タイトル獲得を逃した。

「泣きたくはなかった。僕よりも悔しい思いをしている人がいると思うし、泣くのではなく悔しさを噛み締めて次につなげたかった。まだ気持ちの整理はできていないですけど、この経験を無駄にしてはいけない。くよくよしても意味はない。必ず這い上がります。ゴール、タイトルという形で借りを返したい」

PKを失敗した後の呉屋が発した言葉の端々から悔しさが溢れ出る。自分に対する憤り、とでも言おうか。表情は暗かったが、その内側にはメラメラと燃える闘志が垣間見えた。

呉屋のキャリアは挫折の歴史であり、その度に高い壁を超えてきた。目の前の崖をよじ登り、てっぺんに着いたと思ったら、また目の前に自分の後ろにあるものよりもさらに厳しい崖がある。そんな人生だ。

中学時代はヴィッセル神戸のジュニアユースに所属していたが、ユースに昇格できず、親元を離れて流通経済大学付属柏高校に進学する。高校時代の同期には世代別代表経験のある宮本拓弥(現水戸ホーリーホック)や古波津辰希(現栃木SC)をはじめ、田上大地、中村慶太(ともに現V・ファーレン長崎)、湯澤聖人(現柏レイソル)といった錚々たるメンバーが揃っていた。

その中で呉屋は主力に定着しきれない、目立たない存在だった。2年生までは全く公式戦に出場できず、3年生になっても夏のインターハイで11番を背負ったが印象的な活躍を見せたわけではない。冬の選手権予選では大会を通して1分も出番がなかった。流経大柏は千葉県大会決勝で市立船橋高校に敗れて2年連続の全国選手権行きを逃している。

大学時代に開花。3年連続得点王に

 だが、関西学院大学進学をきっかけに眠っていた得点力が開花する。1年次の前期からトップチームのリーグ戦に絡み始め、後期になるとレギュラーに定着。2年生からは3年連続関西学生リーグ1部得点王に輝いた。

2013年は19試合24得点、2014年は21試合27得点、2015年は21試合30得点と、リーグ戦で1試合1点を超えるペースでゴールを積み重ね、4年生で夏季ユニバーシアードに日本代表として出場。呉屋に導かれた関西学院大学は2015年に4冠(関西学生リーグ、関西選手権、総理大臣杯、大学選手権)を達成し、個人でも関西学生リーグMVPを受賞と、タイトルを総なめにした。

文字どおり「大学No.1ストライカー」の評価を引っさげ、数あるオファーの中からG大阪を選んだ呉屋は、ここで再び高い壁にぶち当たる。「プロ」という壁だった。

G大阪U-23の一員として出場したJ3では10試合7得点と輝いているが、J1ではまだゴールを挙げられていない。ここまで途中出場中心ながら12試合に出場して、ゼロだ。そこで巡ってきたルヴァンカップ決勝での大チャンス。

途中出場し、延長後半終了間際にはポスト直撃のシュートを放った。あと一歩だった。「あのチャンスを決めきれなくて、本当に悔しかった。監督から『いけるか?』と言われて、僕は自信を持っていたので、すぐに『いける』と返事をした」と呉屋は語る。そのPKで失敗してしまった。

「期待したかったので先発で使いました」(長谷川健太監督)

 それでもG大阪の長谷川健太監督は呉屋の「気持ち」を高く評価している。ルヴァンカップ決勝後の記者会見では「はじめは他の選手にPKを蹴らせようかなと思っていたんですが、その選手が『蹴りたくない』と拒否しまして。パッと呉屋と目があった瞬間に、『蹴ります!』と言ったので、なんて勇気のある、すごい気持ちのある選手なんだなと。勇気のあるPKを蹴ってくれた」と、その姿勢を称賛していた。

「外しましたけど、ここから呉屋が成長してくれれば、いつかガンバにタイトルをもたらしてくれるんじゃないかなと思います。彼はこの悔しさを自分の成長につなげていって欲しい」

大学No.1ストライカーには当然即戦力としての貢献が求められる。周囲の期待も大きい。呉屋はそんな理想と現実の狭間で葛藤している。プロの「壁」を乗り越えるためのエネルギーを溜めている。

失意のPK失敗から1週間、長谷川監督は勝たなければチャンピオンシップ進出の可能性が完全に消滅する重要な試合で呉屋を先発起用した。120分間とPK戦を戦ったとはいえ、直前の試合から1週間空いており、定石通りならばリーグ二桁得点に王手をかけている長沢駿がスタメンだろうと見られていた中で、ルーキーに勝利を託した。

「前回PKを外しましたけど、勇気を持って蹴ったことに対しての期待というか、彼が今日どこまで気概を見せられるのかというところに期待したかったので先発で使いました。1点目の起点にはなってくれたと思います。交代前の(井手口)陽介からのパスであわやというシーン、ああいうところを決め切れるような選手になっていってほしい」

長谷川監督は22日の横浜F・マリノス戦後の記者会見で、長沢ではなく呉屋を起用したわけを明かした。1週間前のPK失敗から立ち直り、勇気を持って次の一歩を踏み出させるための抜擢だった。しかし、この試合もノーゴール。交代直前、井手口陽介からパスを受けてフリーで放ったシュートは無情にもゴールの上へと消えていった。

「ピッチの上でしか借りは返せない」(呉屋)

 指揮官からの期待を呉屋本人も感じている。試合を終えてメディアの前に現れた時、表情は暗かったが絞り出すように、自分の言葉で苦しみを吐き出す。

「ピッチの上でしか借りは返せないとずっと思っていたので、そういう気持ちで入りました。監督からも直接声をかけられて、『やってこい!』と送り出されたので、結果という形で示せなかったのは悔しいです」

PK失敗の衝撃から立ち直るのは容易でなかっただろう。本人は「いつもとやることは変わらないので、そういう意味ではいつも通りの準備をして、一番いい準備をしてきたつもりでした」と気丈に語るが、「結果につなげられなかったことを素直に受け止めたい」と発した時の表情には悔しさがにじみ出ていた。

いまの呉屋に必要なのはゴール、それだけだ。近いようで遠かった1点が決まれば全てが変わる。これまでも自分のゴールで運命を手繰り寄せてきた。

「自分がやるべきことをしっかりこなせるように」

この言葉の通り、ゴールがなければ何も始まらない。G大阪は来季に向けて新たなストライカー獲得に動くと報じられており、ライバルが増えれば呉屋には今季以上に厳しい競争が待っている。その中を生き残っていくために、ゴールが必要だ。1点の重みを誰よりも理解した男は、苦しみもがきながら一筋の光をつかもうとしている。

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